公開でき一段落するかと思いきや他の事業部が伸びず初年度下方修正で更に地獄の日々が続き自部署はやってもやっても地獄は終わらず、部下には本当に頭が上がらない日々でした。とにかく4年目感じたのは、公開して社長の会社から当たり前ですが人(投資家)の会社になり、めんどくせーなーって思いと、顧客満足度の大切さを本当に実感し、事業立ち上げ、商材開発などに注力して結果もでて、大きくビジネスマンとして成長できたと実感できた年でした。また唯一の上司と認めていた方も独立して、一人立ちできた年でもありました。
そんなこんなで5年目は、、、あれ?おかしい。。。
一年違う。公開したのは2年目でした!それで4年目が三年目で。。。。
はー、30歳になると20代なんて忘れちゃってますね。。。ぼけないようにしないと。
皆さんにはどうでもいいと思うので年数は無視していきます。
その後はほぼ会社のメイン事業全部任され、もうあんな思いは社員や投資家や顧客には絶対味合わせちゃ駄目だし、自分がもうもたいないという背水の陣で勝負して、日々真剣に生きました。割り切ったら楽しかった。そんなことを数年繰り返してたら、部下も1000人を超え、会社も2000人を超え、時価総額もJASDACの指折りの成長企業へと。
横に並ぶ会社は有名企業ばかりで自分たちは実感ないというかなんでここにいるんだろ?って思いながらもちょっと成功感がでてきました。また詳しく書きますが、この実体の伴わない達成感というか人から与えられた勝手な評価に自分たちが成長したかのような錯覚をしてしまった。そしてそれが大きく、そして多くの人生を左右するきっかけだったのかな?とふと思いました。これは重いテーマなのでまた後日。
ってな感じで、その後は皆さんご想像の通りサクセスストーリーは一回ストップします。
そして絶頂期より1年後、つまり今独立を決意しこのブログを書いてるという形です。
退社の理由や、最後の一年間は長くなるのと自己紹介とはずれるのでまた後日。
という形で、20代終盤は、公開後のどん底から成り上がり、また苦労するという通常の会社なら10年以上かかるような経験を一気にできたのは本当に奇跡に近い貴重な時間でした。また、今でも自分の命のような人脈もものすごくでき、これ以上ないというか、後悔ないというか無駄なことが一日もないとても貴重な時間を過ごせました。本当に数え切れない多くの人に感謝しております。ありがとうございました。
という感じでよくわからないかもしれませんが、こんな人間です。
まぁ、運よく?騙され?なぜか営業やらされ、良い上司や同僚に恵まれ、一気に駆け上がり、事業構築や企画交渉全般を経験でき、経営幹部としてマネージメントを経験でき、そして成功と失敗・勝利と敗北を思いっきり経験でき、成功できたかどうかではなく、20代を本当にぶっちぎれたなー、これ以上の20代はなかったとまぁ酒飲んでかったったら2-3日は話せるくらい満足できる人生でした。
という形でこの会社ではそんな素敵な20代を多く過ごしてもらえるようにスリリングな日々と一生忘れることがない人生を作るお手伝いをしたいと思ってます。もちろん、30代の方も気持ちひとつなので大歓迎です。明日死んだら後悔しますが、明日死んでも後悔しないくらい一生懸命みんなと一緒に生きれるよう精進いたしますので、末永く皆様、応援してください。
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